野渡のささら獅子舞
魔よけや豊作を祈って始められたという伝承があります。
野渡の鎮守、熊野神社は約1200年前の文武天皇の大宝3年(703年)に紀州熊野から移されたといわれる由緒ある神社です。
この神社の祭礼として披露される「ささら獅子舞」は、今から500年前の古河公方足利成氏の時代に、病気などの魔よけや豊作を祈って始められたという伝承があります。
ささら獅子舞の行列は、毎年4月上旬に行なわれる春季大祭で、昔さながらの木ぐるまをつけた「山車」が、彩りも鮮やかに飾り立てた笠鉾を揺るがせながら先導します。
獅子舞の獅子頭をかぶる踊り手や棒や太刀使いはすべて小学生で、昔は長男が獅子に選ばれました。最近では、この地区の小学生の数が減少してきており、踊り手が不足しています。
少子化の波は少なからず伝統行事にも影響を与えているようです。
野木神社太々神楽(春神楽)
優雅に、そして厳かに
太々神楽(だいだいかぐら)とは、野木神社の例祭に奉納される神楽のことで、町の無形文化財に指定されています。
12座あった舞のうち、翁の舞や天狗の舞など、11座のみが伝えられていました。
しかし、100年ほど前から行なわれていなかった五行の舞が、小山市の神社で行なわれているものを基に、平成11年に復活奉納されるようになり、本来の12座が復活しました。
舞子は地元の小学生の女の子で、白い上衣に赤の袴、上に千早という被布を着て、頭には金に輝く冠をのせ、右手に鈴、左手に幣束を持ち、舞い踊ります。
五行の舞の五行とは、5人の神をあらわしているといわれています。